大田口カフェLIFE

ムッシュとスラジの生活・思考をスラジの観点から書き綴ります。

ソーラー温水器の移動

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2014年2月28日(金)

昨年の暮れから住み始めた借家ですが、折をみてチョコチョコ手を加えていっています。だんだんと暖かくなってきて、作業するには楽になってきましたね。ただ花粉とPM2.5にはまいりますが・・・。

ずっと気になっていたのであるが、母屋の正面に、このソーラー温水器があって、見た目的にかなり悪かった。結構でかくて時間かかりそうやな~と躊躇していたが、いよいよ移動することにした。

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このソーラー温水器の下に、直焚きの薪風呂があり、そこにお湯を送るように設置されていた。しかし、すでにホースはつながっておらず、かなり劣化していた。使えるかどうか微妙であるが、とりあえず邪魔なので、解体してみる。タンクの蓋は、完全にポロポロに劣化していて、朽ち果てていた・・・。

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タンクの中もかなり汚れていたが、洗ってみると使えそうな気がしてきた。

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とにかく目的はどかすことなので、邪魔な土台部分も撤去する。これが家の前にあると、かなり圧迫感があったので、どかすとやっぱりスッキリ。

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家の前から望む景色。梶ヶ森と吉野川が見渡せ、気分爽快。

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ソーラー温水器自体は、土間の屋根に置くことに。重すぎて、一人では全然無理だったので、お山の宿”みちつじ”のだいちゃんに来てもらい手伝ってもらった。今後、母屋の中にあるお風呂へつないで使ってみる予定。うまくいけば、かなりの節約になりそう。楽しみ!


  1. 2014/02/28(金) 22:47:58|
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そう君の誕生日

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2014年2月23日(日)

今日は、お山の宿”みちつじ”を営むアダチファミリーの長男、そう君の誕生日であった。昨年は、カフェの営業後に誕生日パーティーを催したが、今回は”みちつじ”でお昼にお祝いをすることになった。早いもので、もう4才。ちなみに上の写真は、そう君のパパである”だいちゃん”が、そう君の手形をとってあげたものです。

スラジも、お呼ばれして一緒にお祝いいたしました。ささやかですが、ちょっとしたプレゼントを渡したのですが、意外にもツボにはまったようで、かなり喜んでくれました。”よしの”の誕生日に渡したプレゼントと同じものを用意しておいたのです。

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パパとママからのプレゼントは、なんとお絵かき用の黒板でした!お絵かき好きのそう君は、さっそく書きまくり。

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何故だか、「4才になるのはイヤ。もうさいあく。」と言っていましたが、ケーキとプレゼントにはご満悦の様子。とにかく、子供の成長は目覚ましいばかり。会話も普通にできるようになってきているのが本当にすごい。発想することとかも、やはり大人とは違うしオモシロイですね。

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これから、いろんな友達を作っていくんだろうなーと思うと、勝手に楽しくなりますね。大豊の児童数は、かなり少ないですが、僕達同様 移住者の方々も増えて、子供もちょっとは多くなった気がします。(全体的には減っている傾向です。)そんな中でも、ここでしか体験できないもの、感じ取れないものというのは、たくさんあると思うので、僕達大人がそれを見落とさないように心がけたいものです。

そう君、これからも”よしの”といっぱい遊んでくれよなー。よろしく!


  1. 2014/02/24(月) 00:11:26|
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男の子が産まれました!

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2014年2月18日(火)

 少し予定日より早くなりましたが、2月14日21時14分に無事に元気な男の子が産まれました。母子ともに健康であることに感謝し、僕たち家族を支えてくれた多くの人達に感謝します。陰ながら、心配してくれていた皆さまにも感謝の気持ちを伝えたいと思います。本当にありがとう!

 出産という大変な試練を乗りきってくれた妻(ムッシュ)に、いつも幸せをもたらしてくれる長女(よしの)に、そして、僕達のもとへ生まれてきてくれた赤ちゃんに感謝します。本当に頑張ったね!ありがとう!これから、4人家族一丸となって、日々の生活を営んでいきたいと思います。

新しい家族が増え、また僕達の生活は少しずつ変化していくことでしょう。しかし、根本的なことは変わりません。

この世に生を受けた喜びを噛みしめながら、自分に真っ直ぐに生きていきたい。大切なものを守り、できうる限り、心穏やかに暮らしたい。できることなら、今日も明日も明後日も、そして10年20年先も、僕達の子供たちが老人となるずっと先の未来も、それが叶う世の中であってほしい。キレイごとのようですが、これが、僕達の願いであり、根っこの部分です。
だんだん、この日本においても、この願いが叶わない世の中になりつつあるのかもしれないけれど、正しい道は誰もが間違わずに選べるはずだと信じたい。みなさんも気持ちは同じだと信じたい。

子供が生まれた喜びと同時に、未来への心配事もあり、自然と頭の中によぎることは、こんなことなってしまいます・・・。ムッシュが退院した今日、大豊に帰ってきましたが、一人になるとロクなことを考えないのかもしれません。(笑)  いつものノーテンキな楽観主義者のスラジに戻らないといけませんね~。


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14日は、大豊でも朝から雪でした。陣痛の連絡をもらったのが早朝。高速は坂出まで通行止め。自宅からは軽トラでしか脱出できないほどの積雪だったので、仕方なく軽トラで下道を走り、岡山の倉敷へ向かった。
僕が到着した頃には、ムッシュの陣痛は少しおさまっていて、とりあえず自宅で待機することに。夕方になって、いよいよ本格的な陣痛がはじまり病院へ向かう。車の中でも、ムッシュはとても苦しそう。病院に到着して、車いすで、急いで分娩室へ向かう。陣痛室には行かずに、私服のまま分娩台に上がったのであった。そんな訳で、上の写真のムッシュは私服なのである。

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書いてしまえば一瞬であるが、結局のところ、非常に安産であった。分娩台に上がってからは1時間ほどで出産。
とはいっても、経験のある方は十分にご承知であると思いますが、とても痛そうでした・・・。一緒にいた”よしの”も声が出ない様子でした。しかしながら、赤ちゃんが生まれてきた感動は、その痛みをも吹き飛ばすようで、苦しそうだったムッシュも赤ちゃんの顔を見ると一気に笑顔になったのでした。

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生まれた瞬間の大騒ぎが落ち着き、しばらくすると、よしのはすっかりお姉ちゃんになっていました。「赤ちゃん、おっぱい吸いたいって言ってるよ。」とか「お母ちゃんの横で寝たいって言ってる。」とか言って、赤ちゃんの気持ちを伝えてくれました。

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実は、産まれてくるまで性別を聞いておらず、産まれてきてからのお楽しみ状態であった。そんな理由から(?)あんまり真剣に名前を考えておらず、「まぁ、抱っこした時のインスピレーションで・・・」みたいに思っていた。
案の定、ムッシュと「どうする?どうする?」という話になったが、偶然にも赤ちゃんを抱っこしている時に思いついた名前に決定した。公表します。

喜夛河 知路(ともる)

読めない!と言われることは覚悟の上であります。しかし、”ともる”というのは良い響きじゃないですか?

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そんなこんなで、めでたく4人家族になりました。どうぞ、皆さん今後ともよろしくお願いいたします!

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ともる、元気に大きくなれよ~。楽しみにしてるぞ!

参考までに・・・よしのが生まれた時のブログ


  1. 2014/02/19(水) 00:40:53|
  2. 子供のこと
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ソチ五輪のこと

2014年2月12日(水)

オリンピック、やっぱりオモシロイですね。個人的には、モーグルの上村愛子選手がメダルを取れなかったことが非常に残念であった・・・。
技術的なことや採点方法などについては無知なのであるが、決勝での滑りは、まさに手に汗握る圧巻の滑りであった。本当に感動的でありました。
そして、同じくモーグル女子の伊藤みき選手のケガには、とても悲しい気持ちになりました。実力を発揮できずに終わってしまう無念は、たくさんの選手たちが味わうことなのかもしれませんが、やはり厳しい世界ですね。


他の競技も同じく、様々なドラマが生まれているようですね。とにかく、すべての選手が悔いのないパフォーマンスを発揮してほしいと願いながら、オリンピックを楽しんでいます。


さて、オリンピック熱が絶頂の中、東京都知事も決まりましたね。

政治の世界も、この先どうなっていくのだろう?と見守っていますが、いよいよ心配になってきました。子供たちの未来の為にも、いろいろ考えることも必要ですね。しかし、まずは自分の生活をしっかりしなければ!というのが、僕にとっては一番の関心事かもしれません。


さて、選手たちから勇気をもらって、また明日から頑張るぞ!


  1. 2014/02/13(木) 00:06:01|
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五輪といえば思い出す

2014年2月6日(木)

皆さん、ご存知の通り冬季オリンピックがはじまりましたね~。毎度のことですが、開催地は準備に大慌てで大変そうですね。万博やオリンピックは、開催期間が終わってしまうと、使い道がなくなった建造物が残ってしまいがちで、問題にもなったりしますね。まぁ、いろいろおカネが絡んでたりもするようですが、そんなことを考えていると気分が悪くなるので、純粋にアスリートたちの競技を楽しみたいな~と思います。


さて、話は2004年のこと。


2004年、アテネオリンピックが開催されていた時期の話であるが、ちょうどその頃、僕はアラスカを旅していた。何度かブログにも書いたことがあるが、ユーコン川下りの旅の時である。まぁ、川下りで有名な”野田知佑”さんの真似をしたのである。川下りのスタートは、カナダのホワイトホース、終了地点は、アラスカのパイプライン。

アラスカには南北にパイプライン(原油を輸送するパイプ)が走っており、大まかに言うと、それに沿ってハイウェイが続いている。アラスカは広大であるが、北極海の町へ続くハイウェイは1本しかない。したがってユーコン川にかかる橋が、その1本道のハイウェイ(Dalton Hwy)にあり、橋と一緒にパイプラインもかかっているのである。

僕は、その橋の場所でカヤックから荷を下ろし、フォールディングカヤックをたたんで、ユーコン川の旅を終了させたのである。橋のたもとで、ヒッチハイクで待つこと2時間、めでたくフェアバンクスへ行くファミリーの車に乗せてもらったのであった。ちなみに、そこからフェアバンクスまで遠かった~。確か、300キロぐらいあったと思う。

フェアバンクスでバックパッカーズに泊り、久しぶりの町を堪能した後は、ヒッチハイクでアラスカを移動した。みんな心優しく、ある時は家に泊めてもらい、寿司バーへ連れて行ってもらったりした。小さい子を連れたお母さんまで車を止めてくれ、乗せてくれた。しかも、僕が子供の隣・・・逆の立場だと、ちょっと怖くてできない。信じがたいが、大型バスもヒッチハイクで止まってくれたりした。まさに自由の国アラスカ!という感じだった。

そんな中、小さな村のバックパッカーズ(ここは管理人がいない、料金はBOXに各自投入するという、まさにDIY宿であった)に泊まった時の事。意外にも、数人の泊り客が集まり、みんなで自己紹介したりして話し合っていた。ちなみに僕は、ほとんど喋れないので、ほとんど一方通行で自分の事をカタコトの英語で説明するのみであった。

夜も更け、なにもすることもないので、外を散歩していた。散歩しても、周りには何もなく、ただ道があるだけだった。
そうしていると僕の傍に車が止まり、宿で一緒になったクリスティーナという女性が、一緒にバーへ行こうと誘ってくれたのであった。こんなこと、あるんやなーと思いながら、車に乗せてもらい、村唯一のバーへ行ったのである。

バーに一歩踏み入れると、まさに映画のワンシーンのように、屈強そうな男たちが僕を睨みつけてきた!そこでの情景が忘れなれないのであるが、僕が自然と「Like a movie!」とクリスティーナに言うと、大爆笑になったのであった。

そのバーでは、ひっきりなしにアテネオリンピックの映像が流れていた。彼女は、日本の事に興味を持っていたらしく、僕にいろいろ聞いてきたが、語学力がないので、あんまり答えられなかった。確かハワイの大学に先生として行くのだと言っていたと思う。「テレビは嫌いだけど、オリンピックだけは見るの。」と言っていたのが印象的で、オリンピックがはじまると、決まって、このことを思い出す。


あれから10年かぁ・・・本当に懐かしい、24歳になったばかりの頃の話でした。


  1. 2014/02/06(木) 23:35:59|
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生きていく・・・高知新聞の記事について

2014年2月3日(月)

最近、めきめきと涙もろくなっている・・・という話を至る所でしている気がする。以前にお邪魔した”ピクルス屋いく農園”さんのとこでも話した気がするし、本山のミシシッピカフェに泊らせていただいた時も話題にしたような気がする。意外とみんな涙もろいんや~という話であったが、子供ができたり、年齢を重ねたりすると、やっぱり徐々に涙もろくなるものらしい。

例えば、僕の場合だと・・・

明治安田生命のCMに登場する写真と小田和正の歌声にも涙するし、「美味しいぼ」の47巻にある結婚披露宴の場面で海原雄山が新郎新婦に送る言葉にも必ず泣くし、この前などは確定申告の準備中に娘”よしの”と2人で買い物したレシートを見てウルウルっとしてしまった。つい先日も、ソチ五輪に向けてのテレビ番組で、長野オリンピックのジャンプ団体の感動場面で一気に涙がこぼれたのであった。

まぁ、ちょっとよくわからない説明であったと思うが、とにかく涙もろくなったと思うのである。


そして、今日の話である。


本日、2月3日の高知新聞の20面、週刊中学生に掲載されてあった「生きていく」と題された、ある中学1年生の作文のことである。

ここのところ、アルバイトのお昼休憩中にお昼をいただきながら新聞を読むようにしているのであるが、この「生きていく」という作文を読んで、不覚にも声を出して泣いてしまった。もはや号泣したと言ってもいいぐらいであったかもしれない。
とても悲しく、生きることを考えさせられる、まさに心を打つ作文でありました。もうすぐ、自分たちにも2人目の子供ができるということも関係したのかもしれませんが、恐らく、この作文を読んだ多くの方は感動したに違いない!と思っています。

ここに全文書いてやろうか!ってな勢いですが、あまり良くないかな?と思うのでやめときます。(笑)読みたくても読めない方、すみません・・・。

作文を書いた女の子に、僕はお礼を述べたいと思いました。彼女の作文のおかげで心が洗われたようです。ありがとう!



  1. 2014/02/03(月) 22:53:20|
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