大田口カフェLIFE

ムッシュとスラジの生活・思考をスラジの観点から書き綴ります。

topivな夜

2011-1-5-2
2011年1月5日(水)

2010年12月26日は、公私ともにお世話になっていたtopivの”区切り”の日であった。というのも、その日は4年続けた菜園場のお店の最後の営業日だったのだ。

僕達はカフェの営業後、ちょっと複雑な気持ちで大豊から高速に乗りtopivへ急いだ。拠点を実家のある福井県小浜へ移して、今までとは違うスタイルでtopivは続いていくというのは分かっているのだが、やはり寂しい気持ちは拭えない。

着いてみたら、topiv本人は、いつもと変わらない様子。ちょっと神経質に考えすぎてたのは僕の方だったようだ。いままでのことよりも、先のことを見据えている姿は、やはりtopivらしい。これからも、刺激し合える仲間でいたいものである。





topivと初めて会ったのは、2004年の春だった。

話は僕自身のこととなる。当時、ファルトボート(折りたたみカヤック)で北米を流れる大河”ユーコン川”を下ろうと計画していた僕は、実際にカナダへ旅立つ前に、四国を訪れた。というのは、四国吉野川のモンベルという会社に”リバーガイド養成講座”なるものがあって、それを受講しようと思ったからであった。四国を選んだのは、ついでに四万十川や仁淀川をカヤックで下ってみたかったからだ。

実際のところ、ここでいうリバーガイドというのはラフティングガイドのことなので、カヤックツーリングに活かせるスキルとは別物であったが、そんなことは今となってはどうでもいいことである。その”リバーガイド養成講座”というので講師をしてくれたのが、topivだったのだ。5日間の日程だったので、確か2日を受け持ってくれたと思う。不思議なもので、彼はすでに四国吉野川でラフティングガイドとして働いていたのだ。

先日topiv本人にも言ったが、それから僕が再び四国へ戻ってきたのは彼のおかげなのである。リバーガイド養成講座を終えて、「また来年でもいいから戻ってこいよ!」と言ってくれたのが”きっかけ”で、僕は1年後の2005年春に四国へラフティング・ガイドになるべくやってきたのだった。本人は全然覚えてないらしいが、きっと誰にでも言っていたのだろう・・・。なにはともあれ、その後は先輩ガイドと後輩ガイドの間柄になり、いろいろと楽しい思い出もいっぱいできたわけである。

その当時から、アンティーク・ビーズを使ったアクセサリーを作ったりしていたtopivは、「いつか自分のお店を持ちたい。」と言っていた。岩原の”ボロ家”で聞くとなんだか夢物語のように聞こえたが、彼はそれを実現させていったので、僕はとても刺激を受けた。2007年だったか??まさしく人生の転機というのを迎えたようで、ラフティングをしていたモンベルを辞め、結婚し、お店をはじめ、子供もでき・・・とあっという間に人生のステップを駆け上がったようであった。

topivは僕と同い年なのだが、同年代では最も影響を受けた友人だと思う。僕たちがカフェを始めてからも、メニューブックを作ってくれたり、商品を置いてくれたり、イベントやったり、いろいろ助けてもらいました。アンティーク・ビーズのアクセサリーや皮細工、それを作って、売る。これを商売にするのは一筋縄ではいかないはず。いままでやってきたtopivには心から脱帽である。そして、これからも進化していくであろうtopivに幸あれ!!


2011-1-5-3

高知のtopiv、最高でした!!お疲れ様。


  1. 2011/01/05(水) 19:02:35|
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